原告の皆様から寄せられた「私はなぜ原告になったのか」という文書の一部をご紹介します。

 

 

◎今も変わらぬ風景

十川百合子

 神宮外苑へは、たまにしか行くことはありませんが、あの場所は、いつ行っても変わらぬ風景であることが、大袈裟ですが、私の心の支えになっています。大正生まれの父、その兄弟たちも南青山で生まれ育ち、祖父は親戚から土地を借り小さな会社を青山通りで始めました。それぞれが外苑に親しんできたと思い、ご縁を感じています。あの風景を守りたい一心で、はじめて裁判の原告になりました。裁判がどんなに大変なことかを思い知らされています。

 

◎東京都行政を問う

高木恒子

 国の首都、東京都都市行政のあるべき責務を忘れ、無秩序・無節操に東京都が主導し再開発計画をたて事業者を認可した。その行為の責任を厳しく問うために原告になった。

 都市行政の重要な役割のひとつに、都市開発による影響から固有の歴史、環境、文化を守ることがあると思う。
 神宮外苑造営の背後には、国の威信をかけ、不平等条約(1858~1911)による屈辱をはらさんとする意図があったのではないかと考える。政治家、実業家や各専門家によるなみなみならぬ熱意と総力を挙げて造営された外苑である。一木一草に至るまでその熱意と全国から参加した国民の献身が刻み込まれている。
 戦後、神宮外苑は進駐軍に接収されていた。その返還前の1951年、東京都は外苑一帯について開発を制限する風致地区に指定した。接収解除後、景観が守られるように東京都は開発を制限する先手を打ったのである。戦後の人口増加によって緑地が荒らされないように守ることも行政の責務であった(当時の毎日新聞を参照)。

 前述した時代背景が違うとはいえ、自治体としての責務は同じだ。しかし、元首相のスポーツクラスターに対する執念が副知事と都市計画の要職を務める技監を動かし、東京都主導のもと、東京の中心部を占め、品格ある広大な神宮外苑の土地利用を巧みに再開発促進事業と名づけ、東京都の潤いある景観を維持するための風致地区、および静寂にして良好な環境を必要とする文教地区の条例をも無視し、外苑創建の志たる「公共の憩いの場」も変貌させている。再開発計画では企業の経済的利益のみを追求し、開発目的に虚偽(内苑護持のための資金援助など)を用い、「公園まちづくり制度」を広大な面積に濫用した再開発を主導、さらに、あたかも事業者が計画を主導しているかのように形式的に施行手続きを取らせている。住民を欺くかのような行政の姿勢は許しがたく、厳しく問われるべきである。
 神宮外苑の造営に携わった人々や戦後の行政の姿勢とはまったく異なり、「行政計画」とはいえ、矜持を忘れた東京都の都市行政治自体に、都民として、疑問と不安を感じざるを得ない。都政の弱体化、劣化にほかならない。
 かけがえのない歴史のある神宮外苑。国の重要文化財、聖徳記念絵画館を遠く際立たせる銀杏並木のある景観を確実に「保全」し、多くの人々が楽しんでいる秩父宮ラグビー場や神宮野球場を修復し未来に残すべく、再整備を事業者に導くことこそ首都東京都行政の仕事であると確信している。

◎国民的財産として

S.T

 私は、徒歩で日常的に散歩できる場所に住んでいるわけではありませんが、多くの市民が共有できる緑豊かな場所というのは、国民的財産だと思っています。いまや、地球規模で温暖化が進み、大きな木陰は、命を守る場所になることもありえる時代になっています。事業者の代表企業は、株主総会で参加者の質問に対し、緑の量は増えていると答弁しましたが、緑の質が大切なのであって、芝生では命は守れないけれど、大木の下は涼しい風が吹きぬけて、ひと時の安らぎが命を救う場合もあります。

 今回の外苑再開発は、確実に開発前よりも再開発計画の方が、劣るものです。所有者の明治神宮が自ら耐震改修を行い、甲子園球場に次ぐ歴史を有する神宮球場を使い続け、不都合が生じればクラウドファンディングなどで資金を確保する道もあります。
再開発計画では、ビルに囲まれたせせこましい球場となり、イチョウ並木などを犠牲にしたゴリ押し計画といわざるをえません。
 ラグビー場も同様です。事業には採算性は重要です。しかし、会計報告が義務付けられていないことをいいことに、やりたい放題、法の拡大解釈などあきれるばかり。見方によっては、現在、秩父宮ラグビー場の場所は国の外郭団体JSCが持っており、それは国有地ということです。現在の神宮外苑は、戦後、GHQに接収され、1952(昭和27)年に返還された時は、政教分離の原則のもと、土地全体の価値を精査し、民間と同様な金額を算定しましたが、明治神宮には、外苑を維持管理する義務が課せられ、市価の半額で払い下げられました。一時は文部省の管理下に置くべしという意見もありましたが、ぎりぎりのところで、明治神宮側が管理権を勝ち取ったという経緯があります
 以来、70年余が経過しておりますが、今も「政教分離」の原則は変わっていません。国有地を利用して、そこに明治神宮のために民間企業がビルを建てるというのは、政教分離の原則に、触れないのでしょうか? 十分に議論する必要があると感じます。
再開発というと、すぐ「にぎわいの創出」という言葉が出てきます。採算性はある程度必要でしょうが、外苑でのにぎわいは、スポーツ観戦時で十分です。商業的なにぎわいは、渋谷、新宿にどうぞ。神宮外苑は、歴史と緑豊かな、みんなの安らぎの広場であってほしいという願いから、原告になりました。
 

◎外苑を破壊するのは誰か

原告(匿名)

 知人から、外苑の緑が危ないらしい、との情報が入ってきたとき、あそこを再開発するなんて、罰当たりめ、と直感しましたが、まさか摩天楼まで建つとは夢にも思っていませんでした。

 1000本の大樹が伐採されるのには震撼させられました。日本イコモス国内委員会の石川幹子さんには脱帽しかありません。科学者の鑑でした。私は必死になって情報を集めました。知れば知るほど、この世で許されていい内容でないことは、明らかでした。
しかし、石川さんらの警鐘にもかかわらず、地区計画の変更が都市計画決定され、1年後には、市街地再開発事業が個人施行として認可されました。認可したのは都知事です。反対の声はどんどん大きくなっていきましたが、東京都も事業者も、科学的な指摘を真摯に受け止めようとはせず、せせら笑うかのように無視し続けました。

 このようなことが許されていいのか? この悪党たちを懲らしめなくてはならない、との思いはますます大きくなっていきました。そんななか、東京都のホームページに森喜朗元首相と東京都の佐藤広副知事、安井順一技監との議事要旨が掲載されていることを知り、貪り読みました。そこには、おそらく東京都が有力政治家の要請を受け、がんじがらめに張りめぐらされていた外苑地区の建築規制が、どのように緩和されていったのか、手に取るようにわかる記録が残され、公表されていました。
 何? これは? 東京オリンピックパラリンピック2020を誘致するとのプロパガンダをぶち上げ、社会の目をそちらに集めておいて、その裏で冷静に考えれば通らない「規制緩和」をやってのける。その立案から具体的経緯にいたるまで、事細かに記録されているのです。緑や都民の公園を守るべき東京都が筋書きをつくり、森元首相にお伺いを立てて説明し、手際よく実行していく。行政と一部政治家が結託した組織犯罪ではありませんか。これを明らかにしなければ、繰り返される。そんな怒りのなか、神宮外苑地区市街地再開発事業認可取消訴訟(東京都訴訟)団の追加募集が行われていました。問答無用、と参加しました。